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「退去費用が高すぎる気がする」——その直感を確かめるための基礎知識を、計算ツールの根拠とあわせて解説します。公開日: 2026年7月10日
賃貸住宅を退去するときに請求される「原状回復費用」。精算書に並ぶクロス張替えやクリーニングの金額を見て、本当に全額払う必要があるのか不安になる方は少なくありません。結論から言うと、借主が負担すべき範囲と割合には公的な物差しがあります。それが国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。この記事では、その考え方を順に解説します。
原状回復とは「借りた当時の状態に完全に戻すこと」ではありません。ガイドラインは原状回復を、借主の故意・過失や善管注意義務違反(通常の使用を超える使い方)によって生じた損耗・毀損を復旧することと定義しています。つまり損耗は次の2つに分けて考えます。
① 通常損耗・経年変化(貸主負担)
家具の設置による床のへこみ、日照によるクロスや畳の変色、テレビ・冷蔵庫の後部壁面の電気ヤケ、画鋲の穴(下地ボードの張替えが不要な程度)など。普通に生活していれば避けられない傷みは、賃料に織り込み済みという考え方です。
② 故意・過失・善管注意義務違反(借主負担)
飲みこぼしを放置したことによるカーペットのシミ・カビ、結露を放置して拡大させた壁のカビ、タバコのヤニ・臭い、ペットがつけた柱の傷、釘穴・ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度)、鍵の紛失など。
この考え方は2020年4月施行の改正民法にも明文化されました。民法621条は、通常損耗と経年変化は借主の原状回復義務に含まれないことを定めています。ガイドライン自体に法的拘束力はありませんが、過去の裁判例を整理して作られた事実上の標準であり、精算をめぐる話し合いの共通の物差しとして広く参照されています。
ここが最も誤解の多いポイントです。借主に原状回復義務がある損耗でも、費用の全額を借主が負担するとは限りません。設備や内装は時間とともに価値が減っていくため、ガイドラインは「耐用年数の経過時点で残存価値1円となる直線」を想定し、経過年数に応じて借主の負担割合を減らすとしています。
クロス(壁紙)の耐用年数は6年です。張替え費用が6万円だとすると、借主負担の目安は 6万円 × (6−3) ÷ 6 = 3万円。入居6年を超えていれば、残存価値は1円なので、張替え費用そのものの負担はほぼ発生しません(ただし故意による毀損の場合、工事に伴う負担が別途生じ得るとされています)。
| 耐用年数 | 対象 |
|---|---|
| 6年 | 壁紙(クロス)、クッションフロア、カーペット、畳床、エアコン、冷蔵庫・ガスレンジ、インターホン |
| 5年 | 流し台 |
| 8年 | 金属製以外の家具(書棚・たんす等) |
| 15年 | 便器・洗面台等の給排水・衛生設備、金属製の家具 |
| 建物の耐用年数 | フローリング全面張替え、ユニットバス・浴槽など建物に固着した設備(木造22年、RC造47年 等) |
一方、経過年数を考慮しない項目もあります。畳表(表替え)・襖紙・障子紙などの消耗品、部分補修が可能なフローリング、鍵の紛失時の交換費用などです。これらは修繕費用がそのまま負担の目安になりますが、負担範囲は「毀損部分の補修に必要な最低限度」(クロスなら㎡単位、畳なら1枚単位)に限られるのが原則です。部屋全面の張替え費用を1か所の汚損を理由に請求するのは、原則として過大です。
賃貸借契約には、ガイドラインより借主に不利な「特約」が付いていることがあります。特約は一律に無効ではなく、判例上おおむね次の要件を満たす場合には有効とされます。
「ハウスクリーニング代◯円は借主負担」のように金額まで明示して合意した特約は有効とされやすい一方、「原状回復費用は全額借主負担」のような包括的・一方的な特約は争いになりやすい類型です。まずは契約書の条文を確認し、金額・範囲が具体的に書かれているかを見てください。
出典: 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」、同「ガイドラインに関する参考資料(令和5年3月)」、民法621条(e-Gov法令検索)。